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福岡地方裁判所 昭和46年(ワ)608号 判決

原告

今泉勝次

被告

東亜建設株式会社

ほか二名

主文

1  被告有限会社中原組及び被告岩隈栄は原告に対し各自金二〇〇万七六六二円と、内金一八二万七六六二円に対しては昭和四五年二月二四日から、内金一八万円に対しては昭和五一年三月六日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告有限会社中原組及び被告岩隈栄に対するその余の請求ならびに被告東亜建設株式会社に対する請求を、いずれも棄却する。

3  訴訟費用中、原告と被告有限会社中原組及び被告岩隈栄との間に生じた分は、これを五分し、その三を原告の、その余を右被告らの各負担とし、原告と被告東亜建設株式会社との間に生じた分は、全て原告の負担とする。

4  この判決は第1項にかぎり仮に執行することができる。ただし、被告有限会社中原組及び被告岩隈栄において各金七〇万円の担保を供するときは、それぞれ右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは原告に対し各自金八六二万七五一一円及びこれに対する昭和四五年二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  被告中原組敗訴の場合は、保証を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  交通事故の発生

原告は次の交通事故により、頭部、腰部打撲ならびに頸椎捻挫の傷害を蒙つた。

(一) 発生時 昭和四五年二月二三日午前七時一〇分頃

(二) 発生地 福岡市大字西戸崎、西戸崎小学校前県道上

(三) 加害車 マイクロバス(福岡二す一九七)

運転者 被告岩隈栄

(四) 被害者 原告

(五) 態様 被告岩隈は加害車を運転し本件事故発生地を和白方面から志賀島方面に向け進行中、右発生地の道路の進行方向に向つて左側のガードレールに加害車の後部を接触させ、そのまま進行して右ガードレールのない部分の歩道に乗り上げて歩道上を突進し、電柱を折り倒してその場に加害車を横転させこのため加害車に同乗していた原告をも加害車内で転倒させ、原告に前記傷害を負わせた。

2  被告らの責任原因

(一) 被告岩隈には次の過失がある。

すなわち、同被告は本件事故発生地を時速約六〇キロメートルで進行していたものであるところ、右発生地は加害車の進行方向に向つて左にカーブしており、しかも当時降雨のため車輪がスリツプし易い状況にあつたからこのような場合自動車の運転者は速度を調節し、ハンドル、ブレーキを適確に操作して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り漫然と前記速度で進行し、加害車が中央線を越えたとき、急激に左にハンドルを切るとともにブレーキをかけて進行した過失により、本件事故を惹起させたものである。

(二) 被告中原組は土木建設工事の請負業者であるが、加害車を所有し、これを自己の業務のために運行の用に供していたものであり、また被告岩隈を雇用し、同被告をしてその業務の執行中、前記過失により本件事故を惹起させたものである。

(三) 被告東亜建設は土木建設工事の請負業者であるが、本件事故当時は被告中原組に対し、自己の提示した図面、仕様書等により、しかも自己の派遣した監督者らの指示監督のもとに、工事用資材、機械などを貸与して下請工事をさせていたものであり、そのうえ本件加害車を右工事施行のため、工事現場においてあるいはその従業員等の送迎用として、その管理のもとに使用していたものであるから、右加害車の運行支配は被告中原組と重畳して被告東亜建設にもあり、それに伴い運行利益も同被告に帰属していたので、同被告も運行供用者の地位にあつたといわねばならない。

仮にそうでないとしても、被告東亜建設は被告岩隈を雇用し、同被告をしてその業務中に本件事故を惹起させたものであり、使用者としての責任を免れない。

(四) 以上の次第であるから、被告岩隈は民法七〇九条により、被告中原組と被告東亜建設はそれぞれ自賠法三条及び民法七一五条により、各自連帯して本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

3  原告の蒙つた損害

(一) 治療費

(1) 佐田病院

(イ) 入院 昭和四五年二月二四日~同年九月二六日

(二一五日)

(ロ) 通院 同年九月二七日~昭和四六年二月二三日

(実日数二五日)

(2) 倉光病院

(イ) 入院 昭和四六年三月二六日~同年四月一二日

(一八日)

(ロ) 通院 同年四月一三日~同年六月一〇日

(実日数二日)

右治療費のうち自賠責保険の限度額金五〇万円までの分は右保険金によつて支払がなされ、その後は被告東亜建設の労災保険による治療に切替えられてその保険から支払がなされてきたので、本訴においては治療費の請求をしない。

(二) 入院中諸雑費 四万六六〇〇円

一日二〇〇円として二三三日分の諸雑費

(三) 通院交通費 二六万一六〇〇円

(1) 原告自身の通院交通費

(イ) 佐田病院 九二〇円×二五日=二万三〇〇〇円

自宅~志賀島バス停(タクシー往復三八〇円)

志賀島~福岡天神(バス往復三二〇円)

天神~佐田病院(タクシー往復二二〇円)

(ロ) 倉光病院 二〇四〇円×二日=四〇八〇円

自宅~福岡天神(前同、計七〇〇円)

天神~倉光病院(タクシー往復一三四〇円)

(2) 付添看護のための家族の通院交通費

(イ) 佐田病院 九二〇円×二一五日=一九万七八〇〇円

(ロ) 倉光病院 二〇四〇円×一八日=三万六七二〇円

(四) 休業による得べかりし利益の喪失一五七万一三一〇円

原告は漁業に(開漁期には土木建設工事に)従事していたものであるところ、前記傷害のため昭和四五年二月二三日から昭和四六年九月末日までの五八五日間稼働できなかつた。本件事故直前一年間(昭和四四年)の収入額は一四〇万一〇〇〇円であり、必要経費三〇%を控除して一日当りの平均収益を計算すると二六八六円となるので、その五八五日分である。

(五) 後遺障害による得べかりし利益の喪失三九五万八〇〇一円

原告は昭和四六年四月一六日九州大学医学部付属病院精神神経科において頭部外傷後遺症との診断を受けたがその内容は精神症状が著明で自閉、不関、無為、呆然としており、自発性なく、現時点では社会的な労働能力は殆んどないとの判断であつた。このため、原告の後遺障害は自賠法施行令別表の等級表第九級一三号に該当する旨、自賠責保険から認定を受けたものである。そこで、いわゆる労働能力喪失率表を根拠として将来の得べかりし利益の喪失金額(現価)を計算すると次のようになる。

(労働能力喪失割合) 三五%

(事故前の平均日収額) 二六八六円

(減収日額) 二六八六円×三五%=九四〇円

(減収期間) 就労可能年数一六年

(ホフマン係数) 一一・五三六

(逸失利益) 九四〇円×三六五日×一一・五三六=三九五万八〇〇一円

(六) 慰藉料 二五〇万円

前記傷害の部位程度、二三三日に及ぶ入院、更に頭部外傷後遺症の内容程度等、諸般の事情を考慮すると原告の本件事故による精神的苦痛は甚大であり、これを慰藉するには二五〇万円が相当である。

(七) 漁船の使用不能による損害 一〇〇万円

原告はその漁業を営むについて漁船一隻を所有していたが、本件治療期間中漁業に従事することができなかつたため、やむを得ず右漁船を陸上げしていたところ、日ざらしの状態が続き、結局、右漁船は使用不能となり時価一〇〇万円相当の損害を蒙つた。

(八) 弁護士費用 一〇〇万円

原告は被告らに対し本件事故による損害賠償を請求したが、応じないので、やむなく弁護士たる原告訴訟代理人に本訴の提起追行を委任し、報酬として金一〇〇万円を第一審判決言渡の日に支払うことを約した。

(九) 損害の填補

原告はすでに被告中原組より金四〇万円及び自賠責保険より後遺障害補償金一三一万円の支払を受けたので、前記(二)ないし(七)の損害額からこれを控除する。

4  結論

よつて原告は被告らに対して連帯して金八六二万七五一一円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四五年二月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告東亜建設の請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実は不知。

2  同第2項の事実について。

(一)(二)は不知、(三)のうち、被告東亜建設が土木建設工事の請負業者であること、同被告が被告中原組に対し福岡市内警固小学校前の下水道工事を下請させていたことは認めるが、その他は否認する。(四)については、被告東亜建設は被告岩隈の使用者でも、本件加害車の運行供用者でもないので、原告主張のような損害賠償責任はない。

3  同第3項の損害についてはいずれも不知。

三  被告中原組及び被告岩隈の請求原因に対する認否と主張

1  請求原因第1項は、傷害の内容を争い、その余は認める。

2  同第2項は(二)の点は認めるが、その余は否認。

3  同第3項については、(一)ないし(二)は不知、(四)ないし(八)は争う。(九)は認める。

4  本件事故は、労務者送仰用のマイクロバスが、雨に濡れた舗装道路でスリツプして排水溝に片側の車輪を落し、道端の砂地で横転した事故であるが、この事故現場の約二〇〇メートル手前で一旦停車して労務者を一名降車させており、発車した直後の事故であるから、スピードはさほど出ておらず、事故の衝撃もそう強いものではなかつた。そこで、当時右バスに乗車していた労務者九名は病院で治療する必要がない程度の軽い打撲症又は擦過傷を受けたにすぎず、原告も事故直後に診察を受けた病院では「大したことはない」と診断されており、現在原告が主張するような重大な傷害を生ずるはずもなく、本件は詐病ではないかと考えられる。仮にそうでないとしても、病状を故意に誇張しているものである。

5  原告の損害については、自賠責保険から一三一万円が支払われたほか、被告中原組から原告に対し金六九万五〇〇〇円と訴外小野博を介し金二〇万円を支払つている。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  本件事故の発生

請求原因第一項(交通事故の発生)の事実は、傷害の内容を除いて原告と被告中原組及び被告岩隈間に争いがなく、被告東亜建設の関係では、成立に争いのない甲第二ないし第五号証、証人松田末次の証言及び原告本人尋問の結果により、これを認めることができる。

二  被告らの責任原因について

(一)  被告岩隈関係

前掲甲第二ないし第五号証によれば、請求原因第2項の(一)に記載のように、被告岩隈に本件事故発生の過失があることが認められ、これによると、同被告は民法七〇九条により右事故に基づく損害を賠償する責任がある。

(二)  被告中原組関係

請求原因第2項の(二)については、原告と被告中原組間において争いがなく、その従業員である被告岩隈に過失が認められること前示のとおりであるから、被告中原組もまた自賠法三条及び民法七一五条により原告の損害を賠償する責任がある。

(三)  被告東亜建設関係

被告東亜建設が土木建設工事の請負業者であり、同じく土木建設工事の請負を業とする被告中原組に対し、本件事故当時、福岡市内警固小学校前の下水道工事を下請させていたことは、当者間に争いがなく、前掲各証拠によれば、原告は当時被告中原組に人夫として雇われ、事故当日は被告東亜建設からの右下請工事に従事し、その作業を終つてからの帰途被告中原組所有の従業員送迎用マイクロバスに乗車していて本件事故に遭遇したことが認められるが、被告東亜建設が右加害車両の保有者であるとか、その運転者である被告岩隈の雇用主が被告東亜建設であるとかいつた点は、これを認めるに足る証拠がない。原告は被告東亜建設と被告中原組とが元請・下請の関係にあるところから、被告東亜建設に加害車に対する運行支配や運行利益があるかのように主張するが、成立に争いのない甲第一七、第二〇号証に原告本人尋問の結果等を併せても、本件の場合、右元請と下請との間に専属ないしはこれに準ずるような密接な人的関係の存在も窺えず、また元請が下請所有の右加害車の管理あるいは運行について直接関与し、その費用等も分担するといつた特殊な関係も認められないので、この点原告の主張は未だ採用できない。

とすれば、被告東亜建設には責任原因を認め得ないことになるので、原告の本訴請求中同被告に対する分は、爾余の点について判断するまでもなく、すでに失当といわねばならない。

三  原告の傷害の内容と程度

証人分山宏喜、同香月千裕、同中島拓治、同山田裕章、同倉光正之の各証言及びこれらによりその成立を認め得る甲第六ないし第九号証、第一一ないし第一四号証に、原告本人尋問の結果を併せると次のように認められる。

(1)  原告は本件事故の直後(昭和四五年二月二三日)事故現場近くの分山医院において、受傷につき一応の処置を受けた。その際、原告において特に頭部頸部の痛みを訴えたので、レントゲン検査が行われたが、異常は認められなかつた。

(2)  しかし、原告は後頭部、腰部その他首から肩にかけて痛みが強く、吐気もあつたところから、同日中島外科医院において再度診察を受け、即日入院したが、その翌日には同医院を退院して佐田病院に転院した。

(3)  佐田病院では昭和四五年二月二四日から同年九月二六日まで二一五日間入院し、退院後も昭和四六年二月二三日まで通院(実日数二五日)して治療を受けた。当初は、頭部・腰部打撲、頸椎捻挫の診断により、頸椎を固定し、鎮痛・消炎剤の注射などと共に理学療法を受けていたが、次第にこれらの症状の軽快をみて、終りの頃には、原告が不眠を訴え、無気力に呆然としていることが多かつたので、むしろその精神症状が案ぜられ、担当医師から精神科医の診察を受けるようすすめられていた。

(4)  そこで、原告は昭和四六年三月二五日九大付属病院精神神経科で山田裕章医師の診察を受けたが、その際原告は同医師の問診にも殆んど答えず、主として原告家族からの訴えによつたが、同医師は一応頭部外傷後遺症に基づく精神症状と診断した。しかし、脳波検査、脳血管撮影の結果は正常であり神経学的所見も認められなかつたので、なお入院させて観察を続ける必要があるとして、右山田医師から倉光病院への紹介がなされた。

(5)  原告はその翌日(三月二六日)倉光病院に入院し、無為、自閉、不関性、被害妄想といつた精神分裂病様の症状が認められたところから、薬物投与による治療を受けていたが、入院一八日間でやや症状の軽快をみた同年四月一二日、原告家族の希望により同病院を退院した。退院後は同年六月一〇日に一度通院しただけである。

同病院の倉光正之医師によれば、退院当時、原告は無為、自閉的生活を続けており、治療の見込みが立たず、当分家族の保護が必要で就業不能との診断であつたが、このような精神症状が本件事故のような頭部外傷に起因するものか、あるいは原告の先天的素質による内因性の精神病であるか、短期間の入院で終つたため、その判断はいずれとも決し得ないとされている。ただ蓋然性として、原告の持つて生れた素質が外傷を契機として症状の発現をみた確率が高いというのである。

以上のような事実が認められるところ、被告中原組らは、原告の本件事故に基づく負傷及び後遺症は詐病の疑いが強く、仮にそうでないとしても病状を誇張していると主張するのであるそしてなるほど、原告が同じマイクロバスに乗車していて本件事故に遭遇した仲間に比し病状が著しく重いこと、原告の前記後遺症状がレントゲン、脳波といつた客観的検査によつて裏付けられたものでなく、本人もしくはその家族の訴えを主体に診断されていることなどからすれば、その点右被告らの疑問とするところも理解できないわけではない。しかし、これらの事実は前掲各証拠と対比するとき、未ださきの認定を左右するほどのものでもなく、原告の詐病ないし病状の誇張を肯認するには十分でない。

そして、前記認定にかかる原告の自閉、不関、無為、呆然といつた精神症状は、多分に本人の素質に基づく内因的なものと考えられるが、本件事故による頭部外傷を契機として発症したとの意味において、その範囲、限度について問題はあるにしても、右事故との因果関係を否定し去ることはできない。

四  原告の損害

(一)  治療費

原告が本件事故による傷害の治療のため、佐田病院及び倉光病院にそれぞれ入通院したことは前示のとおりであるが、右治療費が自賠責保険と労災保険によつて全てまかなわれていることは原告の自認するところである。

(二)  入院中諸雑費 四万六六〇〇円

原告が前記佐田病院及び倉光病院に合計二三三日入院したことは、すでに認定したところから明白であるが、その間一日平均二〇〇円程度の諸雑費を要したであろうことは経験則上十分肯認できるので、これを計算すると四万六六〇〇円となる。

(三)  通院交通費

(1)  原告自身の通院交通費 二万七〇八〇円

証人今泉峰子の証言に前記認定事実を併せると、原告がその主張の日数、佐田病院と倉光病院に通院し(倉光病院の二日には入退院の際の分を含む)、そのための交通費として原告主張どおりの金額を要したことが認められる。そしてこれらは必要かつやむを得ない支出と認められる。

(2)  付添看護のための家族の通院交通費 七万五〇〇〇円

前掲今泉峰子の証言によれば、原告の入院期間中殆んど毎日、原告の妻今泉峰子やその姉が付添看護のため前記各病院に往復したというのであるが、原告の受傷の内容、程度等からすれば、入院の全期間付添の必要があつたかについて疑問があり、また志賀島・天神間のバス料金はともかく、その前後のタクシー料金については果してその必要性があつたか、そのままこれを肯認することはできない。そこで諸般の事情を考慮し、一日五〇〇円の範囲で一五〇日分についてやむを得ない相当な支出と認定することとする。

(四)  休業による得べかりし利益の喪失 一一四万四二二三円

前示各証拠に証人今泉芳松、同今泉峰子の各証言及びこれらによりその成立を認めうる甲第一八、第二三号証、成立に争いのない丙第一号証ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、原告は中学校卒業以来漁業に従事し、閑漁期に土木建設工事に出るといつた生活をしてきたものであるが、本件事故による傷害のため事故当日から前記各病院への入通院期間は勿論、通院をやめた後も昭和四六年九月末頃までは殆んど稼働できず、その間全く収入を得ることができなかつたこと、原告の事故前二ケ年の漁業による水揚高は、昭和四三年が一一三万円、同四四年が一四〇万一〇〇〇円であり、経費はせいぜいその三割程度というのであるが、原告が昭和四四年度の所得として税務署に申告したところは六七万二二〇〇円にすぎなかつたことが認められる。しかしながら、原告がこのように長期間にわたり入通院を余儀なくされたのは、本件事故による頭部外傷そのものではなく、これを契機に発症した精神症状によるところ、それが主として原告自身の素質に起因することは前示のとおりであるから、本件事故当日から佐田病院への通院期間(昭和四五年二月二三日から昭和四六年二月二三日まで一年間)はともかく、その以後の分についてはその全てを本件事故による稼働不能とすることはできない。その後昭和四六年九月末日までの約七ケ月間については、その五〇%をこの事故による就労不能とするのが相当であろう。また、原告の平均年収は二ケ年間の平均水揚高一二六万五五〇〇円から原告主張の経費三割を控除すると八八万五八五〇円となるところ、原告の申告所得額は六七万二二〇〇円にすぎず、多少疑問の余地があるが、当裁判所に顕著な昭和四四年の賃金センサスによる男子労働者の平均年収が八六万一六〇〇円であることを考慮すれば、右八八万五八五〇円程度の収入は肯認すべきである。これらを基礎に原告の逸失利益を計算すると、事故当日から佐田病院通院までの一年間が八八万五八五〇円、その後昭和四六年九月末まで七ケ月間が五〇%として二五万八三七三円、計一一四万四二二三円となる。

(五)  後遺障害による得べかりし利益の喪失 四三万九七五九円

前掲各証拠によると、原告は昭和四六年一〇月頃から再び漁業に従事できるようになつたが、事故前に比し疲労しやすく腰痛等もあつて必ずしも十分稼働できないこと、もつとも原告は昭和四六年四月一六日九大付属病院精神神経科において、前示のような精神症状のため現時点では社会的な労働能力は殆んどないとの判断を受け、また自賠責保険からは自賠法施行令別表の第九級一三号に該当するとの認定を受けていることなどが認められる。しかし、これらの事実を対比するとき、九大付属病院ないし自賠責保険における認定判断は、当時の自閉、不関、無為、呆然といつた精神症状を前提としての就労不能ないしは障害であるところ、現在原告の就労に支障を来しているものはこれと趣き程度を異にしており、直ちに原告主張の労働能力喪失率を適用できないばかりか、これによる減収期間も考慮されねばならない。そして、右原告本人らの供述から窺われる障害の程度を考えると、精神神経についての障害等級を一段階下げた第一二級一二号相当としこれに対する労働基準局長通達による労働能力喪失率一四%で四年間継続とするのが相当である。

これらを基礎にその間の逸失利益の現価をライプニツツ式により計算すると四三万九七五九円となる。

(六)  慰藉料 一三〇万円

前記認定のような原告の受傷の程度、入通院の期間、後遺障害の内容等諸般の事情を勘案すると、原告に対する慰藉料としては一三〇万円を相当と思料する。

(七)  漁船の使用不能による損害 八〇万円

証人今泉学の証言と原告本人尋問の結果によれば、原告は漁業のために昭和四一年秋頃漁船一隻を一三八万円位で建造し所有していたところ、本件事故のため一年余にわたつて漁業に従事できず、その間やむを得ず右漁船を陸上げしていたが、日ざらしによつて遂に使用不能となつたこと、木造の漁船の寿命は六ないし一〇年、平均して八年であり、その間エンジンを二、三年位で取替える必要があること、問題の漁船の建造費のうち六〇万円が船体分で、残りの七八万円程度がエンジン分であるが、建造以来事故時まで約三年六月を経ており、減価償却すれば船体部分の価格は約三〇万円、エンジンは建造後約三年を経た昭和四四年八月頃、修理費を含め九三万円をかけて取替えられており、事故時まで六ケ月を経ている点を考慮しても、なお七〇万円程度には評価できたことしたがつて船体、エンジン分を合算して右漁船の事故当時の価格はまず一〇〇万円相当と考えられること、しかし、この漁船が全く使用不能によつて無価値となるまで、原告側において何らの措置をも講じなかつた点は過失なしとはいいえないことなどが窺われ、これらの諸事実を勘案すると、その損害のうち被告らをして賠償せしむべき額は八〇万円をもつて相当と考える。

(八)  損害の填補

以上のような損害に対し、被告中原組から少くとも金四〇万円及び自賠責保険から後遺障害補償金として金一三一万円が支払われていることは当事者間に争いがなく、また成立に争いのない丙第二ないし第六号証と証人今泉峰子の証言によると、被告中原組から更に二九万五〇〇〇円(右の四〇万円と合せて六九万五〇〇〇円)が支払われていることが認められる。被告中原組はそのほかに二〇万円を支払つているとし証人永利政子の証言とこれによりその成立を認め得る丙第七号証によれば、原告らの代理人と称して行動していた訴外小野博に対し被告中原組から昭和四六年六月七日金二〇万円を支払つている事実が認められるが、右訴外人と原告との関係右金員交付の趣旨等も明らかでなく(丙第七号証には「人夫賃として」との記載がある)、未だこれをもつて原告の損害に対する弁償と認めることはできない。

そこで、前記(二)ないし(七)の損害額合計三八三万二六六二円から右填補額計二〇〇万五〇〇〇円を控除すると残損害額は一八二万七六六二円となる。

(九)  弁護士費用 一八万円

本件事案の内容、審理の経過、認容額等、諸般の事情を考慮すると、被告中原組らをして負担せしむべき弁護士費用額は金一八万円をもつて相当と認める。

五  結論

以上の次第であるから、被告中原組及び被告岩隈は原告に対し各自金二〇〇万七六六二円と、そのうち弁護士費用を除いた金一八二万七六六二円については本件事故の翌日である昭和四五年二月二四日から、弁護士費用の金一八万円については本判決言渡の翌日である昭和五一年三月六日から、各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の本訴請求を右の限度で正当として認容し、被告中原組及び被告岩隈に対するその余の請求ならびに被告東亜建設に対する請求をいずれも失当として棄却することとし、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 権藤義臣)

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